河野慶三コラム 産業医の方へ

第5回 産業医からみた職場のLGBT問題(1)

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1. LGBTは精神疾患か?

 生物学的な性(sexuality)はヒトの場合、性染色体がXXであれば女、XYであれば男であり、少数の例外を除き出生時に外性器の形で判定される。LGBT のうちL(lesbian)G(gay)は、この生物学的な性と性的な関心や行動の対象となる性が同一(homosexual:L女→女、G男→男)であることであり、Bはそれが同性・異性双方(bisexual)であることである。この他に同性にも異性にも関心がない状態も存在する。
 これらはすべて、性的な関心や行動の対象に関する「好み」の問題であり、医療の対象にはならない。現在は、LGBは精神疾患ではないというのが医学の共通理解である。
 T(transgender)は、男または女として社会で生活していくうえでの、通常は法的に認められた役割である「ジェンダー(gender)」が生物学的な性と一致していないと自覚されている状態のことである。
 この自覚に強い不快を感じ、不一致を解消したいという強い意欲を持っている状態を、精神医学では「性同一性障害(gender identity disorder)」と診断してきた。性同一性障害に対しては、不快を軽減、解消するために、希望者には「ホルモン療法」や「性別適合手術」が行われる。このように、性同一性障害は医療の対象となり、現在でも精神疾患として扱われている。
 ところで、2013年に出たアメリカ精神医学会の「DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル」では、性同一障害という用語が「性別違和(gender dysphoria)」に改められた。これはトランスジェンダーそのものを治療の対象とするのではなく、それに伴う不快に焦点をあてた医学的な対処を行うという方針を明確にするための変更であるとされている。考え方は変わったが、精神疾患としての扱いは変わっていない。
 したがって、将来はともかく、現時点での結論は、性的マイノリティのうち、LGBは精神疾患ではないが、Tは精神疾患であるということになる。
 ちなみに、「性的マイノリティについての意識 2015年全国調査」*によると、「日本では同性愛は精神病とされている」という記述の正誤を問う質問に対する回答は「正しい」3%、「正しくない」55%、「わからない」39%で、正答率は55%であった。

2. 性同一性障害者の法令上の性別変更は可能か?

 わが国では、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(平成15年法律第110号)が制定されており、第2条で性同一性障害者をつぎのように定義している。
 「生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう」
 この規定の、「自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする」ことの具体的な内容は、性別適合手術を受けること、法律上の性別の取扱いを変更することである。
 性別の取扱いの変更は、所定の診断書を家庭裁判所に提出して審判を受けることによって確定する。確定後は、例外はあるものの変更された性別にしたがった法令上の扱いがなされる。この法的な手続きによって、生物学的な性とは異なる性別で社会生活を営むことが可能となる。
 ただ、この審判を受けるには、つぎの5項目すべてを満たすことが必要である(第3条)。

  1. 20歳以上
  2. 現に婚姻していない
  3. 現に未成年の子がいない
  4. 生殖腺がない、または生殖腺の機能を永久に欠く状態
  5. 性器の外観が変更しようとする性の性器に近似している

 C、Dについては、医学的な処置が必要で、女性に変更したい男性は精巣、睾丸の摘出、陰茎切除、女性外陰部形成など、男性に変更したい女性は卵巣、子宮、膣壁の摘出と乳房除去、男性外陰部形成などの性別適合手術を受けることになる。
 ちなみに、先ほど紹介した「全国調査」*で「日本では、戸籍上の性別を変えることができる」という記述の正誤を問う質問に対する回答は、「正しい」30%、「正しくない」21%、「わからない」47%で、正答率は30%であった。

*独立行政法人日本学術振興会 科学研究費助成事業「日本におけるクィア・スタディーズの構築」研究グループ(研究代表者 河口和也)、2016

(河野慶三:産業医の立場から見た職場のLGBT問題、日本産業カウンセラー協会機関誌「JAICO」2017年5月号、3−5の一部を再録)

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このコラムの執筆者プロフィール

河野慶三先生

河野 慶三 氏(新横浜ウエルネスセンター所長)

名古屋大学第一内科にて、神経内科・心身医学について臨床研究。
厚生省・労働省技官として各種施策に携わる。
産業医科大学、自治医科大学助教授など歴任。
富士ゼロックスにて17年間にわたり産業医活動。
河野慶三産業医事務所設立。
日本産業カウンセラー協会会長歴任。
平成29年より新横浜ウエルネスセンター所長に就任。