第6回 産業医からみた職場のLGBT問題(2)

3. LGBTにかかわる周囲の気分
連合が2016年に行った、民間企業労働者1000例を対象とした「LBGTに関する職場の意識調査」**によると、「上司・同僚・部下がLGBであった場合どう感じるか」という問いに対する回答は、「嫌だ」7.5%、「どちらかといえば嫌だ」27.5%、「どちらかといえば嫌でない」29.8%、「嫌でない」35.2%であった。「嫌だ」「どちらかといえば嫌だ」を合わせた数字でみると、全体は35.0%、性別では男:46.8%、女:23.2%であった。
全体で3分の1、男性で2分の1近い嫌悪者がいることは心にとめておく必要がある。
前回紹介した「性的マイノリティについての意識 2015年全国調査」*でも、@手をつなぐことへの認識 A性行為についての認識 B恋愛感情についての認識について調べている。
- 「街のなかで手をつないでいるのをみたら気持ち悪い」と思うかどうかを「男女」「男性どうし」「女性どうし」にわけてみると、「そう思う」人の率はそれぞれ5.2%、66.5%、18.7%であった。
- 「男性どうし」「女性どうし」「同性、異性どちらとも」「異性間」で行われる性行為について気持ちが悪いと答えた人の率は順に74.1%、60.5%、67.1%、5.5%であった。
- 恋愛感情について、「男性が男性に抱く」「女性が女性に抱く」「男女両方に抱く」にわけておかしいと思うかどうかをきくと、「そう思う」人の率はそれぞれ43.8%、38.9%、41.2%であった。
恋愛感情については否定的な気持ちは38.9〜43.8%で性差がみられないが、手をつなぐという行為の気持ち悪さは「男性どうし」は66.5%で「女性どうし」の3倍を超えている。性行為の気持ち悪さも「男性どうし」は74.1%であり、気分としては否定的である。
連合の調査**ではTについてもきいている。「上司・同僚・部下が心と身体の性別が一致しない人であった場合どう感じるか」に対する回答は、「嫌だ」6.4%、「どちらかといえば嫌だ」19.9%、「どちらかといえば嫌でない」34.7%、「嫌でない」39.0%であった。「嫌だ」「どちらかといえば嫌だ」を合わせた数字でみると、全体では26.3%であり、性別では男:38.0%、女:14.6%であった。
二つの調査で共通してみられるLGBTに対する否定的な気分の特徴は、男性に多いこと、年齢が高くなると多くなる傾向があることであった。
4. 職場とLGBT
LGBTに対して事業者がしなければならないことは、 LGBT であることを理由とした差別の排除である。これは人権にかかわる問題なので、リスク管理上最優先されるべき課題である。具体的には、事業者が従業員に対してLGBTの差別を会社として認めないことを明示し、LGBTに関するわかりやすい情報を提供する施策を講じる。さらには、トイレや更衣室などの施設設備の改善を行うことも、すぐにはできないかもしれないが、事業者の取り組みの本気度を示す施策である。
ところで、LGBT への対応の第一線にいるのは現場のマネジメントに責任を持つ管理監督者である。管理監督者の無関心や無知に起因する部下との心理的な行き違いを防ぐためには、管理監督者を対象とした教育が必須である。
この教育で欠かせないのは、
- LGBTに対する差別は人権にかかわる問題であること
- 会社はそれを排除すること
- LGBは「性の好み」の問題であるなどLGBTに関する基本的な知識とLGBTへのかかわり方の原則
を示すことである。ただ、「3のLGBTにかかわる周囲の気分」ところでも触れたように、LGBTに対して否定的な気分をもっている人が少なくないという現実があり、これを無視した教育は管理監督者には受け入れられないことを知っておく必要がある。配慮しないと、「頭では理解したが、気持ちは変わらない」ということになってしまう。
この状態を放置すると、否定的な気分が管理監督者の無意識な言動に現れる危険性がある。この否定的な気分は何らかの日常的な出来事に対して瞬時に自覚される感情であり、脳生理学上自覚そのものを止めることはできない。したがって、自覚することをよくないこととし、そう考えないようにすることを強制する教育はうまくいかない。否定的な気分の自覚自体は自然な心の動きであり、良いことでも悪いことでもないが、それが言動に直結すると問題が生じること、さらに自覚と言動の間に少し間を置くと不適切な言動を防ぐことができることの2点を理解してもらうことが大切である。
この否定的な気分は、長い年月の積み重ねで価値観として醸成されたものであり、一朝一夕には変わらない。しかし、時間の経過のなかで社会環境も変化していく。教育を根気よく継続していくことが、否定的な気分を自覚する人の割合を減らしていくことに役立つ。
LGBTにかかわる問題に産業医が直面することは今まであまりなかった。管理監督者や従業員からの相談も稀である。ただ、LGBTが背景にあって二次的に生じるメンタルへルス不調はありうる。とくに性別違和の場合は、重度になると本人の感じる不快が相当深刻であり、解決までに時間を要し、経済的な負担が大きいこともあるので、メンタルへルス不調が生じうる。また、性別適合手術では精巣、卵巣など生殖腺を摘出するため、手術後は生物学的な性とは異なる身体となる。生物学的な性に一致したホルモン分泌がなくなることに起因する身体症状やメンタルへルス不調が現れた事例も報告されている。手術を受けても不快感が必ず軽減されるとも限らない。そうした事例に対しては、産業医は自分の限界をわきまえ、積極的に専門の医療機関や支援団体などに繋ぐことが重要で、支援の重点を職場内の調整に置くことが望ましい。