河野慶三コラム 産業医の方へ

第9回 産業医の職場巡視

産業医の職場巡視とはの画像

 職場巡視は、表1に示したとおり、労働安全衛生規則(昭和47年 労働省令第37号)第15条第1項で産業医に課されている義務である。
 職場巡視は、作業環境管理と作業管理ひいては健康管理を適切に行ううえで必須の情報収集法の一つである。職場巡視の意義は、産業医自身が現場に赴いて目で見、耳で聞き、鼻で嗅ぎ、触れて感じること、さらには主として職場の管理監督者と対話をすることによって、作業環境や作業に関する実務上の認識を深め、内在する安全と健康に係わる問題を把握していくことにある。また、職場巡視を行うと、その職場の雰囲気(大きく言えば職場環境)がそれとなく伝わってくることも珍しくない。作業環境管理は作業環境測定の結果、作業管理は作業時間や労働時間などそれぞれに関係する客観的なデータにもとづいて行うことが基本ではあるが、問題解決のヒントは現場にあることも多い。

 産業医が労働者の従事している業務の内容、作業の実態、職場環境などをよく把握していることは、医療機関で患者の診療をもっぱらの業務としている臨床医との差別化に役立つポイントの一つである。健康上の問題をもつ労働者の就労の可否などの判断に際して、事業者には診療を担当している医師、産業医双方の意見を聴くことが求められているが、産業医がこの特性を発揮できなければ、事業者にとって産業医に意見を聴くことは無意味である。
 ちなみに、最近は安全配慮義務をめぐる民事訴訟で、事業者の安全配慮義務の履行に関して産業医の支援の在り方が問われることが多くなっている。裁判所は、労働者の従事している業務の内容、作業の実態、職場環境などを産業医がよく把握しているかどうかに強い関心を示しており、それが主張立証された場合には、産業医の意見が判決に反映されるようになってきた。

 ところで、表1に示した労働安全衛生規則の条文は、2017年に改正、施行されたものである。この改正によって、従来月1回以上とされていた産業医の巡視回数が、一定の要件を満たすことを条件として2か月に1回以上でもよくなった。その要件は、毎月1回以上つぎの@Aの情報を事業者から提供されること、巡視回数を減らすことについて事業者の同意を得ていることである。

  1. 衛生管理者が行った巡視結果
  2. 労働者の健康障害を防止し、労働者の健康を保持するために必要な情報であって、衛生委員会または安全衛生委員会における調査審議を経て事業者が産業医に提供することとしたもの

 厚生労働省は、改正の理由を「過重労働による健康障害の防止、メンタルへルス対策等が事業場における重要な課題となっており、また、嘱託産業医を中心に、より効率的かつ効果的な職務の実施が求められている中、これらの対策に関して必要な措置を講じるための情報収集において、作業場等の巡視とそれ以外の手段を組み合わせることも有効と考えられ(註 傍線、筆者)、これを踏まえて、毎月1回以上、一定の情報が事業者産業医に提供される場合においては、産業医の職場の巡視の頻度を、少なくとも2月に1回とすることを可能とした」と説明している(労働基準局長通達 平成29年基発0331第68号)。1990年以降、産業医に課される業務は増加の一途であり、産業医活動に携わる産業医の負担が大きくなっていることを配慮した改正であることがわかる。

 労働安全衛生規則第11条は、衛生管理者に対して週1回の職場巡視が義務付けており(表2)、今回の改正はこの衛生管理者の職場巡視が的確に行われていることを前提としているので、それを担保することが重要である。産業医は衛生管理者との協働を強化しなければならない。
 Aについては、産業医が定期的に入手したい情報を事業者に示さないと、事業者にはわからない。自分が展開する産業医活動にとってどのような情報が必要かを考え、それを事業者に提示して、安全衛生委員会で審議してもらうという手順を踏むことになる。

表1 産業医の職場巡視に関する労働安全衛生規則の規定

(産業医の定期巡視及び権限の付与)
第十五条 産業医は、少なくとも毎月一回(産業医が、事業者から、毎月一回以上、次に掲げる情報の提供を受けている場合であって、事業者の同意を得ているときは、少なくとも二月に一回)作業場等を巡視し、作業方法又は衛生状態に有害のおそれがあるときは、直ちに、労働者の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない。
 一 第十一条第一項の規定により衛生管理者が行う巡視の結果
 二 前号に掲げるもののほか、労働者の健康障害を防止し、又は労働者の健康を保持するために必要な情報であって、衛生委員会又は安全衛生委員会における調査審議を経て事業者が産業医に提供することとしたもの
2 事業者は、産業医に対し、前条第一項に規定する事項をなし得る権限を与えなければならない。

表2 衛生管理者の職場巡視に関する労働安全衛生規則の規定

(衛生管理者の定期巡視及び権限の付与)
第十一条 衛生管理者は、少なくとも毎週一回作業場等を巡視し、設備、作業方法又は衛生状態に有害のおそれがあるときは、直ちに、労働者の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない。
2 事業者は、衛生管理者に対し、衛生に関する措置をなし得る権限を与えなければならない。

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このコラムの執筆者プロフィール

河野慶三先生

河野 慶三 氏(新横浜ウエルネスセンター所長)

名古屋大学第一内科にて、神経内科・心身医学について臨床研究。
厚生省・労働省技官として各種施策に携わる。
産業医科大学、自治医科大学助教授など歴任。
富士ゼロックスにて17年間にわたり産業医活動。
河野慶三産業医事務所設立。
日本産業カウンセラー協会会長歴任。
平成29年より新横浜ウエルネスセンター所長に就任。