第11回 病名の変遷

精神疾患の診断名と分類については、1980年以降大きな変化があり、現在もその動きが続いている。
1970年代までは、一般に「躁うつ病」という用語が用いられていた。躁うつ病の原因は現在でも明らかになっていないが、この時代には、躁うつ病は、「内因性」の精神疾患であるという考え方が広く支持されていた。内因性とは、「脳には器質的な異常はないが、医学が進歩すれば何らかの異常が脳に必ずみつかる」という確信のことである。
内因性の3大精神病として、当時は統合失調症・躁うつ病・てんかんがあげられていたが、てんかんは、脳での病態が医学的にはっきりしてきたこともあって、現在ではもっぱら神経疾患として扱われていることは周知のとおりである。もちろん、難治例における精神医学的対処は継続されている。
この時代に使われていた用語に「抑うつ神経症」がある。「神経症性うつ病」「反応性うつ病」もほぼ同じ意味で使われていた。その意味は「うつ状態はあるが内因性ではない」ということであった。内因性であるかどうかの判断が客観的にできないにもかかわらず内因性ではないと定義していることに矛盾があるが、経験的にこうした判断がされていた。
1980年になってアメリカ精神医学会が新しい精神疾患の分類を発表した。これが「DSM-V」とよばれるもので、ここでは内因性という考え方は捨てられた。
DSM-Vでは、「感情障害」というカテゴリーが新設され、気分障害は「うつ病性障害」と「双極性障害」に2分された。そしてそのうつ病性障害が「大うつ病」と「気分変調症」に分けられた。DSM-Vでは、この気分変調症の同義語として「抑うつ神経症」という用語が使われている。気分変調症の特徴は、うつ状態はあるが大うつ病と診断できる徴候が不足していることと、そのうつ状態が長期に続く(2年以上)こととされている。したがって、1980年代まで使われていた抑うつ神経症とDSM-Vの抑うつ神経症は同じではない。
なお、DSM-Vは1987年に一部の改訂が行われ(DSM-V-R)、「感情障害」は「気分障害」とよばれることになった。
1994年に、DSM-V-Rは改訂されDSM-Wになった。ここでは、「大うつ病」が「大うつ病性障害」、「気分変調症」が「気分変調性障害」にそれぞれ変わっているが、内容には変わりがない。DSM-Wでは「抑うつ神経症」という用語は消えた。
2013年になってDSM-5が出た(表記法が変わってDSM-Xではなくなった)。現在は、この診断分類が世界的な標準となっている。
この改訂では「気分障害」というカテゴリーがなくなり、「双極性障害および関連症候群」と「抑うつ障害群」というふたつの異なるカテゴリー新設された。気分変調性障害は、「持続性抑うつ障害」に変わり、抑うつ障害群に分類されている。
躁うつ病にかかわる診断名の変遷は上記のとおりであるが、医師の診断書の病名は必ずしもこうした分類をきちんと踏まえて書かれているとは限らない。従業員の状態を把握するうえで診断書は情報源として重要である。しかし、診断書の内容を本人との面談で確認することは産業医にとって必須の作業であり、それをしないと、復帰の判断や復帰後の措置を的確に行うことができない。