河野慶三コラム 産業医の方へ

第14回 産業医・産業保健機能の強化

 今年から始まった第13次労働災害防止計画については、第14回の人事総務向けでその概要を紹介したのでそちらを見ていただきたいが、計画の重点事項の(2)が、「過労死等の防止等の労働者の健康確保対策の推進」となっていて、その具体的な方策のひとつとして、産業医・産業保健機能の強化が掲げられた。
 そこでは、「産業医制度の在り方に関する検討会報告書(平成28年)」で示された内容なども踏まえて産業医のあり方を見直し、産業医などが医学的専門的な立場から労働者の健康確保のためにより一層効果的な活動を行いやすい環境を整備することが謳われており、さらに、つぎの@〜Cに必要な方策について検討し、対策を講じるとされた。

  1. 産業医の質・量の確保,地域偏在などの問題の改善
  2. 産業医の選任義務がない小規模事業場における産業保健機能強化のための支援
  3. 産業医や看護職などの産業保健スタッフから構成されるチームによる産業保健活動の推進
  4. 産業医科大学による産業保健分野の人材育成の推進

 「産業医制度の在り方に関する検討会報告書(平成28年)」の資料によると、産業医の選任義務がある50人以上の事業場数は164,345(このうち50〜499人が158,42896.4%を占めている)であり、産業医の選任率は50人以上の事業場全体では87.0%である。この値から計算した、選任されている産業医の延べ数は142,980人となった。産業医資格をもつ医師数は約90,000人と見積もられているので、1人の産業医が1.6事業場をみていることになる。

 選任率を事業場の規模別でみると、1,000人以上は99.8%、500〜999人は98.7%であるのに対し、50〜499人では86.5%である。50〜499人規模の事業場で選任されている産業医の延べ数は137,040人となった。これは、大多数の産業医が、500人未満の事業場で活動していることを示しているので、産業医の有資格者数が大幅に不足しているとまでは言えない。

産業医の質については具体的なイメージが持ちにくい。産業医活動は産業医が所属する企業によって相当異なり、これが典型的な活動だと言えるものがない。そこで一例として、私が17年間かかわった、富士ゼロックスでの産業医活動がどのようなものであったかを紹介する。以下の記述は、2009年に「15年間の産業医活動を振り返る」と題して社内報に掲載したものの全文をそのまま転載したもので、まったく手を加えていない。このときから既に9年が経過しており、これに追加しなければならない活動もあるが、産業医活動をイメージする材料になればと考えた。専属産業医としてのキャリアが短い医師や平均的な嘱託産業医に同等の活動を期待することはもちろん無理であるが、産業医活動を継続していれば、誰もがどこかで直面するであろう課題であるということはできるだろう。


15年間の産業医活動を振り返る

 私は1994年8月に富士ゼロックスの産業医になりました。今年で15年が経過したことになります。

  1. 会社は、安全配慮義務を遵守し、その活動をとおして社員の健康を守ること
  2. 社員は、「自分の健康は自分で守る」という考えを身につけ、それを日々の生活の中で実行すること

この2つがしっかりできるように、医師としての専門的な立場から意見を述べ、支援していくことが、産業医として「私の目指すこと」でありました。それを実現するために行ってきたこの15年間の活動を、事業者に対するもの、管理監督者に対するもの、社員一人ひとりに対するものにわけて整理してみると、表のようになりました。
 「私の目指すこと」を実現するためにもっとも重要だと考えたのが、表の3)@に示した「全社員の個別面談」でした。1998年以降、富士ゼロックス本体では全社レベルでこれが行われ、現在も継続実施されています。これは事業者、人事部門、産業医、保健師、衛生管理者のコラボレ−ションの成果であり、どの一つが欠けても成り立ちません。もちろん、社員の皆様一人ひとりの参加も必須の要件です。
 15年たった現在、この活動をどう評価し今後をどうするのか、社員の皆様にも一度立ち止まって考えていただきたいと思っています。

表 「富士ゼロックスにおける産業医活動」

1)事業者への支援
  1. 健康に関する基本方針の策定
  2. 健康管理体制の整備(産業医、保健師の採用を含む)
  3. 衛生委員会の構成員となり、衛生委員会の活性化を指導
  4. 就業規則(安全衛生規程)の整備
  5. 職場巡視の実施、職場環境に関する意見具申
  6. 過重労働対策
  7. 社員個人の就業に関する意見具申
  8. 社員教育、管理監督者教育に関する意見具申
  9. 健康問題の原因調査
  10. 海外の医療状況の現地調査
  11. 原材料、商品の有害性調査
  12. 障害者対応(身体障害者、知的障害者、精神障害者)
  13. セクシャルハラスメント対策部門との連携
  14. キャリアカウンセリング部門との連携
  15. 社内報,社内webを活用した広報
  16. 事業場内産業保健スタッフ教育の実施と指導助言
  17. オールFXの健康管理体制整備および困難事例への対応
2)管理監督者への支援
  1. 管理監督者教育の実施
  2. 部下の健康問題に関する相談への対応
  3. 職場復帰者の取り扱いに関する指導助言
  4. 職場環境に関する情報提供
3)社員への支援
  1. 全社員の個別面談による健康教育の実施
  2. 長時間労働者の面接指導
  3. 小グループを対象とした健康教育の実施
  4. 社員、家族の健康問題に関する相談への対応
  5. 医療機関への紹介
  6. 医療機関との情報交換
  7. 健康障害者との定期的な面談、職場復帰支援
  8. 社員の診療

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このコラムの執筆者プロフィール

河野慶三先生

河野 慶三 氏(新横浜ウエルネスセンター所長)

名古屋大学第一内科にて、神経内科・心身医学について臨床研究。
厚生省・労働省技官として各種施策に携わる。
産業医科大学、自治医科大学助教授など歴任。
富士ゼロックスにて17年間にわたり産業医活動。
河野慶三産業医事務所設立。
日本産業カウンセラー協会会長歴任。
平成29年より新横浜ウエルネスセンター所長に就任。