河野慶三コラム 産業医の方へ

第16回 一般定期健康診断における検査項目の省略

※2018年8月14日記事修正済み。

 一般定期健康診断は、労働安全衛生規則第44条の規定にもとづいて行われる健康診断である。この検査項目については、1989年の規則改正で、血液の検査や心電図検査が新たに導入されるなど大幅な変更が行われた。その際に、追加された検査については、厚生労働大臣が定める基準にもとづいて医師が必要でないと認めるときは検査の省略を行うことができることが合わせて規定された。重要なのは、医師の判断の具体的な内容は、「対象となる労働者個人ごとの医師の判断」であり、省略する理由については医師に説明責任があることである。

 そのことは、1989年に出された厚生労働省労働基準局長通達「労働安全衛生規則の一部を改正する省令、有機溶剤中毒予防規則の一部を改正する省令及び鉛中毒予防規則の一部を改正する省令等の施行について」平成元年 基発第462号)の「第3細部事項 T労働安全衛生規則関係 2第44条(定期健康診断)関係(3)ハ」に、つぎのように書かれていることから明らかである。

 「追加項目の省略に際しては、医師が個々の労働者の現在の健康状態、日常生活状況、作業態様、過去の健康診断結果等を十分考慮して総合的に判断すべきものであること」

 さらに、2010年に出された厚生労働省労働基準局長通達「労働安全衛生規則の一部を改正する省令及び労働安全規則第44条第3項の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準の一部を改正する件等の施行等について」(平成22年 基発0125第1号)第3細部事項でも、「胸部エックス線検査の省略については、年齢等により機械的に決定されるものではないことに留意する」ことを求めている。

 1989年当時は胸部エックス線検査が省略できなかったなど、現在とはその基準が同じではないが、現時点における、一般定期健康診断の検査項目を表1、厚生労働大臣が定める基準を表2に、それぞれ示した。

 血液検査の対象については、個人を考慮することなく、年齢で線引きが行われている状態が当時から続いている。この現象の背景には、事業者からみれば健康診断にかかる費用の削減に繋がること、産業医にとっては個人ごとの判断という実務上相当煩雑で手間がかかる作業をしなくてもよいことなどがあると推測される。厚生労働省がこうした実態をどう考えているかは定かではないが、1989年以降、この理念と実態が乖離した状態がオフィシアルな問題になったことは、私の知る限りではない。しかし、誰かから省略について説明を求められた場合には、産業医はその理由を説明しなければならないという事実は厳然として存在する。費用や手間の話では説明にはならない。

下線部分についての追記(2018年8月14日)
 下線部分をつぎのように訂正します。1年前に出た通達を見落としていました。

 2017年8月4日付け労働基準局長通達「定期健康診断等における診断項目の取扱い等について」(基発0804第4号)で、血液検査等の省略の判断を医師でない者が一律に行うなど適切な省略判断が行われていない懸念があるとし、医師は一律の省略ではなく個別に判断するよう指示した。

 ちなみに、私自身は、血液検査の省略はしないことにしてきた。その理由は、毎年、健康診断受診者に対して全員面談を実施してきたことにある。血液検査結果を、基準値を用いて横断的に判断することに加えて、時系列で捉えることによって個人の正常値を確認し、その正常値からの乖離を情報としてセルフケアの支援に役立ててきたからである。血液検査をこうした位置づけにすれば、省略はありえないことになる。胸部エックス線検査については、被爆影響の問題があるので省略し、呼吸器系の自覚症状がある者については呼吸器内科の受診を勧めるといった対処をすればよいのではないかと考えている。

表1 一般定期健康診断項目
  1. 既往歴および業務歴の調査
  2. 自覚症状および他覚症状の有無の検査
  3. 身長、体重、腹囲、視力および聴力の検査
  4. 胸部エックス線検査および喀痰検査
  5. 血圧の測定
  6. 貧血検査(血色素量、赤血球数)
  7. 肝機能検査(GOT、GPT、γ−GTP)
  8. 血中脂質検査(LDLコレステロール、HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
  9. 血糖検査
  10. 尿検査(尿糖、尿蛋白)
  11. 心電図検査
表2 厚生労働大臣が定める基準
  1. 身長:20歳以上の者
    腹囲:40歳未満の者(35歳の者は除く)
       腹囲が内臓脂肪の蓄積を反映していないと診断された者
       BMIが20未満の者
       BMIが22未満であって自ら腹囲を測定し、その値を申告した者
  2. 胸部エックス線検査:40歳未満の者(20歳、25歳、30歳、35歳の者を除く)であってつぎのいずれにも該当しない者
    • 病院など一定の施設で業務に従事する者
    • 常時粉じん作業に従事する労働者で管理区分1の者または従事させたことのある労働者で現に粉じん作業作業以外に常時従事している管理区分2の労働者
  3. 喀痰検査:胸部エックス線検査によって病変の発見されない者
         胸部エックス線検査によって結核発病のおそれがないと診断された者
  4. 表1のE〜HおよびJの検査:40歳未満の者(35歳の者を除く)

※聴力検査:45歳未満の者(35歳、40歳の者を除く)はオージオメーターによる検査でなくてもよい

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このコラムの執筆者プロフィール

河野慶三先生

河野 慶三 氏(新横浜ウエルネスセンター所長)

名古屋大学第一内科にて、神経内科・心身医学について臨床研究。
厚生省・労働省技官として各種施策に携わる。
産業医科大学、自治医科大学助教授など歴任。
富士ゼロックスにて17年間にわたり産業医活動。
河野慶三産業医事務所設立。
日本産業カウンセラー協会会長歴任。
平成29年より新横浜ウエルネスセンター所長に就任。