第17回 一般定期健康診断における既往歴の調査

前回に続いて一般定期健康診断の話である。
現行の労働安全衛生規則第44条第1号では、健診項目として既往歴および業務歴の調査が規定されている(産業医向け16回 表1参照)。2017年に全面施行された改正個人情報保護法で、健康情報は「要配慮個人情報」(不当な差別、偏見その他不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するもの)としての扱いが求められるようになり(人事・総務向け第4回参照)、調べた既往歴が実際の健康管理にどう使われているのかが問題となった。既往歴を「何のためにどう使うか」を具体的に説明できないのであれば、健診項目から外すべきではないかという問いかけである。2017年8月4日付けで出された労働基準局長通達「定期健康診断等における診断項目の取扱い等について」(平成29年 基発0804第4号)では、この問題には触れられていない。
ところで、既往歴の使途は労働者が従事する業務によって異なる。たとえば、意識喪失発作は、高所作業、車両の運転、重機の使用などの業務では、業務の遂行に支障をきたすだけでなく危険である。したがって、そうした作業に従事させる者については、その既往を確実に把握し、コントロールしておく必要がある。業務に支障をきたすという意味では、意識喪失発作は営業の業務でも問題となる。客先で発作が複数回起きることは回避すべきだからである。しかし、この場合は1回目の発作に対する事後措置として対策を考えればよいので、健康診断の際にはきかなくても対処できる。健康診断を受診する全労働者から意識喪失発作の既往をきくことは、「必要のない情報は集めない」という個人情報保護の原則に即していないことになる。
ちなみに、労働基準法時代(1947年〜1972年)の健康診断項目は表1のとおりであった。Bの項目からもわかるように、この健康診断の主たる目的は結核対策だった。結核の場合、既往歴をきくことは必須なのに、既往歴と業務歴の調査は入っていない。
労働安全衛生法が1972年に制定され、法定健康診断は一般健康診断と特殊健康診断に区分された。その省令である労働安全衛生規則で、一般定期健康診断の項目が新たに表2のとおり定められた。表1、表2を並べてみると、表1の@「感覚器、循環器、呼吸器、消化器、神経系、その他の臨床医学的検査」は、表2の「A自覚症状、他覚症状の検査」に該当することがわかる。既往歴と業務歴の調査は、新たに規定された項目であるが、そのときに出た労働基準局長通達「労働安全衛生規則の施行について」(昭和47年 基発第601号の1)を見ても、「既往歴」の調査を新たに規定した理由に関連する記述はない。この通達は、定期健康診断では直近に実施した健康診断以降の疾病の調査、雇入れ時の健康診断では雇入れの際までにかかった疾病の経時的調査をそれぞれ指示しているので、既往歴の調査では、出生以降の全病歴の把握を求めていることになる。
今回調べた範囲では、既往歴の調査が何を目的として導入されたかを知ることはできなかった。日常臨床での、「収集可能な情報をすべて集めることは最適な診断を可能にする条件である」との一般的な考えを健康診断にも適用しただけなのかもしれない。
かりにそうだとすれば、労働安全衛生法にもとづく健康診断では特定の疾病を診断することそのことを目的としていないので、上記の考えを取り入れることには問題がある。さらに、健康診断では制度上生の結果を事業者が知ることになっているので、個人情報保護の観点からすると、既往歴の調査には目的に即した制限を加える必要があると考えざるをえない。
- 表1 事業場で実施すべき健康診断項目(1947年)
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- 感覚器、循環器、呼吸器、消化器、神経系、その他の臨床医学的検査
- 身長、体重、視力、色神、聴力の検査
- ツベルクリン皮内反応検査、エックス線検査、赤血球沈降速度検査、かくたん検査
- @〜Bのほか、業務の種類または作業の状態によって労働大臣の指定する検査
- 表2 定期健康診断項目(1972年)
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- 既往歴、業務歴の調査
- 自覚症状、他覚症状の検査
- 身長、体重、視力、聴力の検査
- 胸部エックス線検査、かくたん検査
- 血圧測定
- 尿検査(尿中の糖、蛋白の有無の検査)