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『河野慶三コラム』産業医の方へ

第21回 ハラスメントの健康影響

 フランスの精神科医であるマリイ=フランス・イルゴイエンヌは、モラル・ハラスメント(倫理に反した精神的な暴力)に関する包括的な著作である「モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする」を2001年に出版した(日本語訳は2003年、紀伊国屋書店)。この本でイルゴイエンヌは、モラル・ハラスメントが働く人の健康にどのような影響を与えるかについて、職場での多くの事例を記述している。現在わが国で問題となり、注目されているのはパワーハラスメント(work place bullying)であるが、モラル・ハラスメントはパワーハラスメントの核となるハラスメントなので、ここではイルゴイエンヌが記述したモラル・ハラスメントの健康影響について述べる。

 イルゴイエンヌは、モラル・ハラスメントの健康影響をつぎの3つに整理した。

(1) 一般的にみられる症状

  1. ストレスによる機能障害
  2. 抑うつ状態
  3. 心身症

(2) 心的外傷に関する症状

(3) モラル・ハラスメントに特有の症状

(1) 一般的にみられる症状

 @は加害を受けた初期の段階でよくみられる状態で、イライラ感、倦怠感、不眠、食欲不振、頭痛、腰痛、動悸、息苦しさ、冷汗、めまいなどの症状のことである。この段階で加害者との接触を断つことができれば、症状は消失し、その後の健康問題は生じない。
 加害者との接触が続くと、徐々にAの抑うつ状態が現れることが多い。自分が社会に適応できていないと感じるようになり、無価値な存在に思えてくる。何かをしようとする気持ちが萎えてきて、仕事が進まなくなり、ミスが増える。睡眠障害も増悪し、食欲もなくなり、気分が憂鬱になる。その結果就業が困難となる。抑うつ状態が高度になると自殺の危険性も高まる。
 加害者との接触が続いた場合には、Bの心身症として、血圧・血糖値・体重のコントロール不良、月経不順、消化性潰瘍、過敏性腸症候群、蕁麻疹なども出現する。

(2) 心的外傷に関する症状

 モラル・ハラスメントが慢性的に続くと、それが心的外傷(トラウマ)となることが多い。加害がなくなり(1)の症状が消失した段階になっても、行為を受けたことに対する屈辱感、恐怖、悲哀感、怒り、行為に対して何もできなかったことへの無力感は残っている。たとえば、加害者の顔や姿がみえる、声がきこえることが引き金になって、そうした感情が容易に再現され、それに悩まされる。この現象をフラッシュバックとよんでいる。被害者はフラッシュバックによる嫌な思いを極力避けようとするため、日常生活が制限される。
 イルゴイエンヌは、モラル・ハラスメントで生じるこうした状態を心的外傷後ストレス障害(PTSD)と言っている。モラル・ハラスメントの場合は、健康障害の程度とそれが生活に及ぼす影響の強さについてはその定義に合致する例が少なくないが、一般にDSM-5が求めている出来事の客観性が乏しいため、厳密にはその定義を満たしていない。

(3) モラル・ハラスメントに特有の症状

 イルゴイエンヌは、モラル・ハラスメントに共通してみられる心理状態として屈辱の意識をあげ、加害をやめさせるのに必要なことをしなかった、あるいは必要なことができなかった自分に恥の意識を強く感じていると言っている。たしかに、これは通常のストレス反応では生じにくい心理状態である。
 さらに、自分で自分の感覚が信じられなくなる、用心深くなったり疑り深くなるという性格面の変化、妄想的な傾向、場合によっては幻覚・妄想といった精神病症状の一時的な出現をきたす事例があることも指摘されている。モラル・ハラスメントにも、加害者が意図的に行うものとそうでないものがあるが、意図的であればあるほど、こうした影響が強まる。

 ハラスメント対策は、職場規律を維持し、職場環境を快適にするために、事業者が行わなければならない施策であり、産業医は直接の関係者ではない。しかし、メンタルヘルス不調の背景にハラスメントが存在している事例が、多くはないものの確実に存在しているので、そうした事例の問題解決には産業医も関与せざるをえない。また、日常の従業員教育と早期の相談対応は、ハラスメントを背景としたメンタルヘルス不調の発生を防ぎ、発症事例が慢性化しないようにするための重要な対策であることを強調しておきたい。

(パワーハラスメントについては、人事総務向け第18回に記述があります)

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