河野慶三コラム 人事・総務の方へ

第24回 NHK名古屋放送局事件
2019年 7月2日

いわゆる「試し出勤制度」下の作業は賃金支払いの対象となる労働か?
―NHK名古屋放送局事件 名古屋高裁判決―

 労働基準法は第11条で、「賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」と定めています。病気休職者が職場復帰する際に行われるようになった、いわゆる「試し出勤制度」のもとで行われる作業が、労働基準法第11条で定められた賃金支払いの対象となる労働に該当するか否かについては、いまだ定説がありません。

 人事・総務向け第17回で取り上げた話題、いわゆる「試し出勤制度」と労働契約の終了で触れたNHK名古屋放送局事件は、原告側が名古屋高裁に控訴したのですが、その控訴審判決(2018年6月26日)で、この問題についての司法判断が示されました。

いわゆる「試し出勤制度」の作業について、「休職者の提供する作業の内容は、当該休職者の労働契約上の本来の債務の趣旨に従った履行の提供であることを要するものではなく、また、休職者の提供する作業の内容がその程度のものにとどまる限り、被控訴人も休職者に対して労働契約上の本来の賃金を支払う義務を負うこととなるものではない」としたうえで、「単に本来の業務に比べて軽易な作業であるからといって賃金請求権が発生しないとまでは言えない」と判示しました。いわゆる「試し出勤制度」の作業は、賃金支払いの対象となる労働であることを認め、具体的には最低賃金法が定める最低賃金の支払いをNHKに命じました。労使間にこの制度下での作業は無給であるとの合意があったのですが、そうであってもNHKは支払いを免れることはできないとされました。
 この判決は、作業が賃金支払いの対象となる労働であると認める条件として、少なくともつぎの2点をともに満たすことをあげました。

  1. その作業が使用者の指示に従って行われていること
  2. その作業の成果を使用者が享受していること

 この判決の趣旨に従えば、休職者が正式に職場復帰する前段階で行われるいわゆる「試し出勤制度」で、休職者の回復の程度を把握するために、管理監督者の指揮にもとづく作業を行わせることは可能であり、その作業による成果がある場合には、事業者は最低賃金法が定める最低賃金を払えばよいことになります。
 しかし、この事件は最高裁に上告されているため、高裁判決が維持されるかどうかはわかりません。近い将来最高裁の判断が示され、最終的な決着がつく見込みとなりました。
 この事件の概要と判決についてはつぎの資料をごらんください。


(資料)NHK名古屋放送局事件の概要と判決

事件の概要

 原告は、1967年生まれの男で、1991年にNHKに採用され、2006年7月からは名古屋放送局で勤務していた。2007年3月から5月までの2か月間、頸部痛・頭痛による傷病欠勤、2008年2月から2010年10月までうつ病による傷病欠勤・傷病休職の休務歴がある。
 復帰後1年の2011年9月に、うつ病の再発を理由とした傷病欠勤が始まり、傷病休職をへて無給休職となっていた。2014年9月に、復帰に向けてNHK独自の制度である「テスト出局」を始めたが(今回の休務中、無給休職になる前に一度「テスト出局」が試みられたが、3か月あまりで中止されたという前歴がある)、同年12月に中止となった。2015年4月に休職期間が満了となり、原告は解職された。

 テスト出局制度については、NHKが作成した「職場メンタルヘルスケアガイド」にその内容が示されている。
 テスト出局は、本来の就労に近い環境で実施するが、職員が職場復帰のためのリハビリを行うに当たっての場を提供するもので業務ではないこと、交通費は実費を支給するが、途上の事故は労働者災害補償保険法の補償・給付の対象とはならないことが明記されている。
 また、その期間は24週で、前半の12週で所定勤務時間の勤務ができるように徐々に作業時間を増すこと、後半の12週はその状態を維持すること、少なくとも最後の2週は職場の実態に合わせて通常業務を想定した作業を行うことも決められている。
 なお、テスト出局が中止された場合、再度行うには中止後12週経過することが必要とされている。

この訴訟の争点は、つぎの5点であった。

  1. テスト出局中無給であることと最低賃金法の関係
  2. 原告の疾病が治癒し、復職可能な状態にあったか。その時期はいつか
  3. テスト出局の中止および解職の違法性・有効性
  4. 賃金請求が認められる場合の賃金額および賞与請求の可否
  5. テスト出局の中止や解職に至ったことに関する不法行為の成否

原告の主張

  1. 休職中であっても使用者の指示に応じて業務を行なえば、原則として労務の提供である。とくにテスト出局後半最後の2週は、通常の勤務が想定されている。実際、原告は制作担当者からの指示を受けて、ニュース制作業務・放送送出業務を行っていた。出退勤の管理もされていた
  2. 主治医は、2014年8月の時点で就労可能と判断している。テスト出局を開始した時点で、従来の業務を通常程度に行える健康状態に回復しており、遅くとも11月9日には休職事由は消滅していた
  3. 遅くとも11月9日以降は労働契約の債務の本旨に従った労務の提供をしていたが、12月18日に大雪の影響で遅刻したこと、部長の叱責を受けて早退したことを理由に、翌19日にはテスト出局中止を一方的に告知された。業務遂行可能な健康状態であるとの主治医の診断書を提出して中止の判断の見直しを申し入れたが、NHKは話し合いを行うこともなくそれを拒絶した。この中止は懲罰的な理由による恣意的なものである
  4. Aのとおりなので、テスト出局開始日からの賃金と賞与の一部を支払え
  5. 原告の健康状態が回復しているにもかかわらず、不当なテスト出局を命じ、客観的に合理的な理由のないまま解職の意思表示をした。これは不法行為を構成し、それによって原告は精神的な苦痛を被ったので慰謝料を支払え

NHKの主張

  1. 労働契約の内容となっているので、無給休職期間取扱い中に労働に従事したとしても賃金は発生しない。テスト出局はあくまで職員の了解にもとづいて行っており、休職者の職位に見合う業務内容よりも各段に簡易な作業が想定されている。管理監督者からの一定の指示は当然予定されているが、これは労働契約上の指揮命令ではない。テスト出局の内容については、原告に諾否の自由があり、変更を求めることもできた
  2. 前回のテスト出局も、些細なことで感情のコントロールができなくなり、中止をした。今回も同様で、原告の疾患は改善されていない
  3. Aにより、テスト出局の中止および解職には正当性がある
  4. @のとおり、テスト出局は労働ではないので、その対価である賃金は発生しない
  5. テスト出局の中止、解職は正当であり、故意、過失もないので不法行為は成立しない

名古屋地裁の判断

  1. テスト出局制度では、制度上、作業の成果や責任などが求められるとはない。テスト出局は被告の職場の資源を利用して、その管理下で作業をするものであるから、被告の管理職の指示に従うことは自然である。テスト出局の状況が復職の判断材料とされることをもって、制度自体として被告が労働契約上の労務の提供を原告に義務付けまたは余儀なくするようなものということはできない。また、テスト出局の期間が一律24週であることは長すぎるようにも思われるが、そうだからといって、制度自体として被告が労働契約上の労務の提供を義務付けまたは余儀なくするようなものということもできない
  2. 主治医は、2014年8月の時点で9月からの復帰が可能であるとの診断書を作成しているが、11月の時点では睡眠障害など症状に波があることを認めている。さらに、主治医と被告の産業医・管理監督者との面談が双方の折り合いがつかないことにより実現しなかったため、主治医が2015年1月以降に被告に求められて提供した判断の前提として、テスト出局の状況、原告の勤務環境や業務内容について十分な情報提供がなされていない可能性が否定できない。したがって、主治医の意見によって、原告の疾病が治癒し、復職可能であったと認められるかについては疑問が残る。
     被告が原告に受診を命じた精神科医E医師の意見書によると、原告に攻撃的な言動があり、それが気分の激しい変動に起因するものであると指摘されている。こうした指摘は、被告の産業医2人からもされており、原告がストレス負荷に対し、気分や感情の変調をきたし、衝動的または感情的で、攻撃的な対応を行う面があり、それに根本原因がある点で一致している。
     原告の疾病の増悪の原因は、担当した作業内容自体というよりは、対人関係を含めた日常生活上のストレス負荷に端を発した側面が大きいと考えられるため、休職事由が消滅したとは認められない
  3. テスト出局は、ほぼ問題なく遂行されており、順調に経過していた。しかし、作業の難易度、作業量は、原告の経験を考えると、本来原告が果たすべきものと同水準に至っていたとは認められない。また、12月18日の出来事についても、部長の対応に問題があったとは認められない
  4. Bのとおりであり、賃金請求は認められない
  5. Bに述べたことに加え、被告は主治医の意見、精神科医師の意見、2人の産業医の意見を聴いたうえで解職の決定しており、手続き面での瑕疵はない。したがって、不法行為は成立しない

【名古屋高裁の判断】

 高裁は地裁の判断@〜Dをほぼ全面的に肯定した。しかし高裁は、判断@について、テスト出局は労働契約上の本来の債務の本旨に従った労務の提供ではない(これは地裁判決と同じ)としたうえで、その期間中に原告が制作に関与したニュースが放映されその成果をNHKが享受していること、その制作は使用者の指示にもとづいて行われていることを主たる理由として、この作業が賃金の対象となる労働であると判断した。高裁は地裁の判決のこの部分のみを変更し、賃金として最低賃金法にもとづく最低賃金の支払いをNHKに命じた。

このコラムの執筆者プロフィール

河野慶三先生

河野 慶三 氏(新横浜ウエルネスセンター所長)

名古屋大学第一内科にて、神経内科・心身医学について臨床研究。
厚生省・労働省技官として各種施策に携わる。
産業医科大学、自治医科大学助教授など歴任。
富士ゼロックスにて17年間にわたり産業医活動。
河野慶三産業医事務所設立。
日本産業カウンセラー協会会長歴任。
平成29年より新横浜ウエルネスセンター所長に就任。