第24回 産業医の勧告権
2019年 7月2日

産業医の勧告権は強化されたのか
事業者に対する産業医の勧告権について、まだ一部に限られているものの、産業医の関心が高まってきた。日本産業衛生学会にも動きがあり、「政策法制度委員会」が学会長からの諮問受けて、この勧告権に対する考え方を整理し、その結果を答申した(産業医の権限強化に関する答申 2019年1月27日)。
こうした動きの背景としては、昨年から始まった第13次労働災害防止計画で産業医・産業保健機能の強化が謳われ(人事・総務向け、産業医向けそれぞれ第14回 参照)、昨年の働き方改革関連法の成立を受けて改正された、労働安全衛生法およびその省令である労働安全衛生規則で、産業医にかかわる規定の整備が行われたことがあげられる。これらの改正法令は今年の4月1日に施行された。
改正労働安全衛生法は、産業医の勧告権を、その第13条第5項で、「産業医は、労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは、事業者に対し、労働者の健康管理等について必要な勧告をすることができる。この場合において、事業者は、当該勧告を尊重しなければならない」と新たに規定したが、改正前には、改正後の前段を第13条第3項、後段を第4項でそれぞれ規定していたので、産業医の勧告権に関する文言は、改正前後で変わっていない。
変わったのは、勧告について、事業者に対して衛生委員会への報告義務を、罰則はついてないものの、強制規定で課したことである(改正労働安全衛生法第13条第6項)。この新設規定によって、事業者は、産業医の勧告を受けた場合は必ず、安全衛生規則で定める事項を衛生委員会に遅滞なく報告しなければならなくなった。事業者が衛生委員会に報告すべき事項は、@勧告の内容 A勧告を踏まえて講じた措置または講じようとする措置の内容 B措置を講じない場合は、講じないこととその理由である(改正労働安全衛生規則第14条の3第4項)。
また、勧告を受けたときは、事業者は、上記の@〜Bについて記録し、これを3年間保存しなければならない(同規則第14条の3第2項)。
今まで、事業者に法的に義務付けられていたことは「尊重する」という抽象的な行為のみであり、事業者が勧告を具体化する方法とそれをチェックする方法については何も示されていなかった。その意味で、今回の衛生委員会への報告義務の新設が、一部の産業医に勧告権の強化として受け止められたことは理解できる。
労働者が、自分の職場の健康問題に関して産業医から勧告があったという事実とその内容、事業者が勧告に対してとった措置などについて、衛生委員会の議事録をとおして知ることは、事業者に対するチェック機能のひとつとして位置づけることができる。これは、事業者が勧告に対して真摯に取り組むことを促す力になるからである。
とは言うものの、この新しい規定が効果を発揮するには、事業所の衛生委員会が機能していることが必須であることは論を俟たない。衛生委員会が機能していない事業所では、今回の新たな規定はそうしたインパクトを与える力になることはない。死文化してしまうだけである。産業医が、日常の継続的な活動をとおして、衛生委員会がそうした機能を果たせるようにサポートし、リードしていくことが今まで以上に重要になったということである。
今回の改正は、そうした意味で、産業医にその役割をきちんと果たすために欠かせない力を蓄えることを求めているのだと、私は考えている。注目したいのは、「産業医は、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識に基づいて、誠実にその職務を行わなければならない」(改正法第13条の3)、さらには、「産業医は、労働者の健康管理等を行うために必要な医学に関する知識及び能力の維持向上に努めなければならない」(改正規則第14条第7項)という、二つの産業医向け訓示規定の新設である。
日頃、まともに産業医活動を継続している者からすれば、「何をいまさら」という内容の規定だが、産業医の機能を強化するには必須の事項であることは間違いない。多くの産業医がそうした意欲と行動力を備えた存在であることを、国に限らず、事業者、それに労働者が期待しているのである。
また、「産業医は、法第13条第5項の勧告をしようとするときは、あらかじめ、当該勧告の内容について、事業者の意見を求めるものとする」(改正規則第14条の3第1項)との規定が新設されている。厚生労働省は、その理由として、産業医の勧告がその趣旨も含めて事業者に十分に理解され、かつ、適切に共有されることにより、労働者の健康管理などのために有効に機能させることをあげている。
勧告の意義は、言うまでもなく、出すことではない。事業者によってその内容が実行されることが必要である。したがって、事業者の理解を得るための行動が重要であることに異論はない。しかし、事前に事業者に意見を求めることには明確な違和感がある。
勧告に至るプロセスは一様ではないが、まずは管理監督者(課長、部長)との意見交換、それに助言・指導があり、それで解決しないときにはその部署の執行役員・担当役員との意見交換、場合によっては産業医意見書の提出がある。そうしたプロセスを踏まない勧告は、およそ現実的ではない。その意味で、事業者への勧告は、産業医として重みのある行為なのだ。勧告書を出す前に、そうしたプロセスがきちんと踏まれているのであれば、勧告の内容について事業者に事前に意見を求めるという行為はあり得ないというのが私の率直な考えである。
勧告は、当然、事業者あての文書で行うが、その中には、勧告内容だけでなく、勧告に至る経緯やその理由、さらには根拠となるデータが簡潔に記述されていなければならない。勧告に際しては、産業医が事業者に対して直接口頭で説明し、事業者からの質問に応えることが重要で、一定レベル以上の産業医には、そうした行動をとることのできる力が必須なのである。