河野慶三コラム 人事・総務の方へ

第30回 オンラインセミナー「パワハラ指針を読みとく」の受講者からの質問
2020年 9月29日

第30回 オンラインセミナー「パワハラ指針を読みとく」の受講者からの質問の画像

 2020年8月3日に、私が所長をしている「新横浜ウエルネスセンター」の主催で、オンラインセミナー「パワーハラスメント指針を読みとく」を実施したところ、受講者から6つの質問が寄せられました。質問が人事・総務の皆さんにも関心を持っていただける内容だったので、それをここに再録しました。質問は原文のままです。
なお、関心のある方には、講義の録画を見ていただくこともできます。時間は45分です。

下記ボタンより必要事項をご記入いただけるとご視聴いただけます。

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Q1 コミュニケーション等、組織における管理職の難易度が上がっております。大きなミスを犯した部下を叱責する事をパワハラだと第三者から言われました。本人は何とも思っていません。
これはパワハラになりますでしょうか。又コロナ禍でのパワハラが起こりやすい具体的職場(環境)と起こしやすい人のポイントとを教えてください。

 ミスを犯した部下を叱責すること自体はパワーハラスメントには該当しないのですが、叱責の仕方には注意が必要です。その判断のポイントは、「相手の人格を否定する言動」および「叱責の執拗さ」の有無です。
反省をしない部下に対しては管理監督者にも「怒り」が生じます。これは管理監督者にとっては自然なことですが、この怒りは、往々にしてハラスメントに該当する言動や態度を引き起こします。ですから、管理監督者は怒りをコントロールするスキルを持つことが必要です。部下とはミスがどのようなプロセスで生じたのかを本人に考えさせ、再発を防ぐための工夫について話し合います。
そのような対応をしても、同じミスを何度も繰り返す部下の場合は、その背景に発達障害を含む健康障害があることの可能性も考えておいてください。

 パワーハラスメントが生じ易い職場は、一言で言えば、組織内のコミュニケーションに問題のある職場です。管理監督者が一人ひとりの部下の「いつもの姿」を把握していないことがコミュニケ―ション・ギャップを生じさせる重要な要因となっています。新型コロナによってそれが鮮明化されました。自分の気持ちや困っている問題を適切に言語化することができず、自分で抱え込む傾向の強い部下はハラスメントを受けやすいと考えられます。

Q2 ハラスメントをする人に限って自覚がなく、特に幹部で認識が低い場合、どのように理解してもらったら良いか、何かアドバイスがあれば教えてください。

 我が国では、ハラスメントは人権問題であるという認識が、現在でも十分ではありません。セクシャルハラスメントの場合でもそうだったのですが、そのために、多くの職場で「今まで問題視されなかった言動がどうしてセクハラなのだ」という反応を生みました。今回もその当時と同じ反応が起こっています。
「管理監督者が部下を指揮命令し、評価するのは当然のことで、ミスがあればきつく叱ることが何故問題なのだ。部下がミスをして平気でいることのできる管理監督者などいない。感情的になるなといってもそれは無理だ。今までもそれで問題なくやってきた」という反応です。

 セクシャルハラスメントの場合、性的な言動で相手が嫌がるのにそれを繰り返せば、ハラスメントだといった理解のされ方が広がり、それなりの対処がされてきたこともあって、「管理監督者が仕事上の問題で部下の嫌がることを言うのは当然だ。だから、パワハラはセクハラと同じようにはいかない」と考える管理監督者が少なくありません。

 したがって、この問題への対策は管理監督者教育に尽きます。事業主が「ハラスメントは人権を侵害する行為である」ことを全従業員に明示し、パワーハラスメントを起こさせないことを企業方針とする旨を宣言したうえで、管理監督者が自分が管理する職場での安全配慮義務の実行責任を果たすよう指示します。
「指針」が示したパワーハラスメントの定義を満たさない場合でも、職場環境に大きな影響を及ぼす危険性があることに注意を喚起します。さらに、管理監督者がパワーハラスメントの行為者になった場合には、法律の趣旨にもとづいて就業規則で定めた処分を厳正に行うことをしっかり伝えることも必要です。

Q3 パワハラをしていると指摘された社員が中核的な極めて能力の高い、例えば営業部長などの幹部で、その人が「部下を一人前にするために正しい言動をしているだけだ」として譲らないとします。もしその人を異動させたら会社の業績に著しい悪影響が生じるとしたら、どう対応したらいいのでしょうか?

 これは悩ましい問題です。
事業主としては、法律にもとづく「指針」の内容に沿って、@事実の確認 Aパワーハラスメントの判断基準に該当するかどうかの判断を的確に実施します。該当すると判断されれば、就業規則の規定に則った処分をします。この処分をすることによって会社の業績に悪影響が出ることが想定される場合であっても、規定どおりの処分をしなければなりません。訴訟を起こされれば敗訴する可能性が高いので、実行あるのみです。

 調査の結果がグレイであった場合、事業主は何もしなくていいかという問題があります。グレイの場合でも、職場環境には大きな影響が出ます。このようなタイプの管理監督者は、それまでにも他の部下との間に同じような事態を生じさせていた可能性が高く、遠くない将来にも同じことが起こす可能性も高いと考えられます。
事業主としては、担当役員あるいは自らが、経営の立場からの注意喚起をすることがリスク管理上必要です。放置すると、都道府県労働局への相談など問題が外部に出るリスクがあります。さらに、その部下に健康影響がみられる場合には、部下から労災申請がなされたり、安全配慮義務違反や注意義務違反の民事訴訟を起こされるリスクもあります。

Q4 産業保健師をしております。パワハラ防止対策の体勢を整えていく上で、主導していくのは人事部門がよいのでしょうか?もしスムーズに持っていくためのポイントがありましたらご教示ください。

 パワーハラスメントを防止するには、「指針」で示されたように、次のような活動が必要です。

  1. 事業主によるパワーハラスメントに対する基本的な考え方・対処方針の表明、それにもとづく就業規則の整備
  2. ①を踏まえた教育(管理監督者、一般従業員)
  3. 相談体制の整備と相談活動の実行
  4. 行為者、被害者に対する適切な措置の実施

 危機管理やコンプライアンスを担当する部門が既にあるところでは、その部門が主導するのがいいですね。全体の管理と企画・立案・推進については危機管理・コンプライアンス部門が主導し、④については人事がその実務を担う形です。

 人事、総務などが担当する場合は、組織内に危機管理・コンプライアンスチームをつくることが必要です。こうした仕組みがなくて責任の所在がはっきりしないと、問題が発生したときに作業の押し付け合いになりがちで、迅速で効果的な対応ができません。

 産業保健スタッフは、直接手を下す立場にはありません。しかし、部門やチームとの連携が課題になるので、どこまでかかわるかは明確にしておくべきです。健康影響が出た従業員にどう対応するかですが、これには安全配慮義務の観点から管理監督者との協働が欠かせません。メンタルヘルス不調者への対応をモデルにすればよいでしょう。 保健師が話を聴く訓練を受けて相談窓口担当者になることは、選択肢の一つとして考えてもよいと思います。

Q5 傾聴訓練はどのような施設で受けることが可能でしょうか。

 実技を重視した傾聴訓練で実績があるのは一般社団法人「日本産業カウンセラー協会」です。本部は東京、地方に支部があり、傾聴の実技研修は支部で受けます。講習を修了し試験(筆記・口頭)に合格すると産業カウンセラーの資格が取得できます。経験や学歴には関係なく受講できます。詳細については協会のホームページを検索して見てください。

Q6 相談窓口を外部に委託する場合、選定する際のポイント等ございますでしょうか?また、費用的な相場はあるのでしょうか?

 相談窓口の外部委託契約に際しては、委託先に何を委託するかを明確に示すことが重要です。委託の内容はおおよそつぎの①〜④になります。①〜④について、外部機関が具体的にどのような態勢でどのような対応をしてくれるのかを確認してください。

  1. 従業員がハラスメントを受けたと感じたときに、本人からの申し出を受けて話を聴くこと(複数回の面談を想定)。
  2. 健康影響がみられる場合に、産業医に繋ぐ、あるいは医療機関の受診を勧めること。
  3. 問題の解決に管理監督者の関与が必要と判断した場合に、本人の同意を得て管理監督者に繋ぐこと。その際、管理監督者への支援を行うこと。
  4. 本人があくまでも行為者の処分を求める場合には、面談の内容を文書としてまとめ、企業が行うハラスメント行為の調査、ハラスメントの有無の判断の材料を提供すること。
    企業側の調査、決定が出るまでの間、本人の心理的支援を行うこと。

 また、相談窓口担当者がどのような訓練を受けているか、個人情報管理がどうなっているか、過去の実績がどうかを確認することも必要です。
委託先には、月単位で、相談者数、一人当たりの相談回数、帰結、相談の大まかな概要などを文書で報告することを求めてください。

なお、第3者機関としてハラスメントについて調査し、処分についての意見を出すことを委託することもできます。この場合は弁護士事務所に委託します。 費用については、実態を把握をしていませんが、EAPが行っているメンタルヘルス相談の費用が参考になると思います。

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このコラムの執筆者プロフィール

河野慶三先生

河野 慶三 氏(新横浜ウエルネスセンター所長)

名古屋大学第一内科にて、神経内科・心身医学について臨床研究。
厚生省・労働省技官として各種施策に携わる。
産業医科大学、自治医科大学助教授など歴任。
富士ゼロックスにて17年間にわたり産業医活動。
河野慶三産業医事務所設立。
日本産業カウンセラー協会会長歴任。
平成29年より新横浜ウエルネスセンター所長に就任。