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第31回 テレワークとハラスメント
2021年 5月19日

テレワークとハラスメントの画像

 「管理監督者が部下に対してテレワークの画面に顔出しを強く求める」ことがパワーハラスメントになるかという問題が話題となっている。私見によれば、その答えは一般論としては「NO」である。しかし、常に「NO」であるとは限らない。

 この問題の判断の根拠として重要なのは安全配慮義務である。周知のとおり、事業者は、労働契約法によって、労働契約下にある労働者に対する安全配慮義務を課されており、その実行責任は管理監督者にある。最高裁判所の判例は、部下の健康状態の把握ができていない場合、事業者に過失を認定すると言っている。業務中の部下の言動や表情の変化は、健康状態の把握に欠かせない情報であり、音声のみではその情報が限られる。したがって、顔出しは管理監督者にとって安全配慮義務遂行上必要である。その認識が職場であらかじめシェアされていれば、当然のことながら、顔出しの要求はハラスメントにはならない。テレワークについての内規などで、あらかじめ顔出しを原則とすると決めておけばよい。その意味で、問題の答えは「NO」である。

 しかし、そうは言っても、部下にしてみれば、特別の理由があって顔出しができないこともありうる。その場合、部下は顔出しをしたくない理由を管理監督者に説明し、管理監督者がその話よく聴いたうえで個々の判断をすればよい。

 これは、通常、相談と呼ばれるプロセスである。この相談は、管理監督者・部下間の信頼関係の存在を前提として成り立つ行為であり、それがないと機能しない。このプロセスを欠いた状態で、管理監督者からの顔出し要求が何度も重なるとどうだろう。部下が管理監督者の要求を理不尽と感じ、ハラスメントだと考えるようになる流れは十分ありうる。結果として、部下がハラスメントだと主張するリスクが高まることになる。その意味で、問題の答えは「YES」となる。

 いわゆるテレワークハラスメントとしてとりあげられることの多い、@言葉使いの問題(語調が強くなりがちなこと)A密室性の問題(周囲からの目が届きにくくなること、好き嫌いや怒りなどの感情が出やすくなること)B勤務時間外の指示問題などは、たしかにテレワークでは生じやすい。しかし、テレワークでなくても生じる。表面的にはテレワークが原因のようにみえるかもしれないが、より重要な問題は管理監督者・部下間の信頼関係の乏しさにある。そうした意味で、いわゆるテレワークハラスメント対策にはこれといって特別なものはなく、日常業務をとおして培われる管理監督者・部下の信頼関係の維持が要となると言ってよい。

 ハラスメントは人権侵害にかかわる問題であり、ハラスメントによって生じる健康障害の防止は、事業者にとっては安全配慮義務にかかわる問題である。すでに述べたとおり、安全配慮義務の実行責任は事業者からの委任により、管理監督者が負っている。その責任を果たすために、管理監督者は、部下に肯定的な関心をもち、部下の話を聴く力をもたなければならない。事業者は、安全配慮義務遂行上、管理監督者とその部下の間の信頼関係の存在が欠かせないことに想いを馳せ、その醸成に注力する必要がある。遠回りのように見えても、それが対策としてもっとも効果が期待できる方法なのだ。

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このコラムの執筆者プロフィール

河野慶三先生

河野 慶三 氏(新横浜ウエルネスセンター所長)

名古屋大学第一内科にて、神経内科・心身医学について臨床研究。
厚生省・労働省技官として各種施策に携わる。
産業医科大学、自治医科大学助教授など歴任。
富士ゼロックスにて17年間にわたり産業医活動。
河野慶三産業医事務所設立。
日本産業カウンセラー協会会長歴任。
平成29年より新横浜ウエルネスセンター所長に就任。