第32回 適応障害をどう理解するか
2022年1月4日

1.適応障害の診断プロセス
適応障害の診断プロセスを図に示した。

適応障害の主な徴候は、@抑うつ気分 A不安 B素行障害(他人の権利、社会的な規範・規則を犯す行為)である。しかし、これらの徴候は、他の精神疾患でも普通に出現し、適応障害に特異的ではないので、適応障害の診断に際しては、まずつぎの2点を確認する。そのどちらが欠けても、適応障害とは診断できない。
- その徴候が明確なストレス要因に反応して発現していること
- ストレス反応としての徴候の程度がストレス要因の程度と不釣り合い に大きいこと、あるいは徴候が社会的、職業的機能に重大な影響を及ぼしていること
次のステップは、出現した徴候が、統合失調症・双極性障害・抑うつ障害・不安症などの精神疾患の診断基準を満たしていないことの確認である。診断基準を満たしている場合は、上記の2条件が揃っていても適応障害とは診断せず、該当するそれぞれの障害と診断する。
アメリカ精神医学会が出している「精神疾患の診断・統計マニュアル第5版」(DSM-5)には、「心的外傷およびストレス因関連障害群(trauma-and stressor-related disorders)」という診断カテゴリーがある。このカテゴリーには、次に示す 5つの障害が含まれている。
- 反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害
- 脱抑制型対人交流障害
- 心的外傷後ストレス障害
- 急性ストレス障害
- 適応障害
ここで注意を喚起したいのは、このカテゴリーに属する障害はすべてストレス起因性であるとされていることである。DSM診断の特徴は原因が何かを求めていないことであるが、「心的外傷およびストレス因関連障害群」は例外で、原因がストレスであると特定されている。ただ、ストレス要因がどのようなメカニズムでこうした反応を引き起こしているかが判明しているわけではない。
@Aは子供にみられる稀な障害である。B心的外傷後ストレス障害とC急性ストレス障害はともに、危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受けるなど、ストレス要因が限定されていて、その程度が極端に強いことが診断の必須要件となっている。心的外傷後ストレス障害と急性ストレス障害のストレス要因は、誰が遭遇しても強いストレス反応が生じる可能性が高いものでなければならないのである。この点が、ストレス要因の種類や程度が問われない適応障害とは異なっている。その意味で、適応障害の特徴は、ストレス反応としての障害の程度がストレス要因の強さの程度と比べて不釣り合いに大きい点にあると言うことができる。
DSM-5はさらに適応障害診断の条件として、ストレス反応としての徴候がストレス負荷の始まりから3か月以内に出現すること、ストレス要因が消失した場合は、徴候は要因消失後6か月以上持続しないことの2点を加えている。もちろん、ストレス要因が消失しなければ、徴候は6か月以上持続しても差し支えない。
2.適応障害を独立した疾患単位としてよいのか?
診断プロセスのところで述べた、ストレス反応の内容が、統合失調症、双極性障害、抑うつ障害、不安症などの精神疾患の診断基準を満たしている場合は、該当するそれぞれの障害と診断し、適応障害とは診断しないということが、適応障害の疾患単位としての独立性に疑念を抱かせてきた。たとえば、前提となる2条件が満たされていて、抑うつ障害と診断するために必要な徴候がひとつでも不足している事例は、定義に従って適応障害と診断される。しかし、同じ事例が時間経過の中で不足していた徴候数を満たすと、診断が抑うつ障害に変わるという問題である。このことを根拠として、適応障害は、抑うつ障害などの精神疾患の診断条件を満たさない場合の「ゴミ箱診断」だという考えをもつ医師は少なくない。
DSM-5は、「DSM-WからDSM-5への主要な変更点」の記述の中でこの問題を取り上げ、適応障害は「苦痛な(外傷的、または非外傷的)出来事に暴露された後に起こる不均一のストレス症候群の一群として再概念化されている」と述べている。DSM-5では、「心的外傷およびストレス因関連障害群」というカテゴリーが新たにでき、DSM-Wでは独立したカテゴリーであった適応障害がその中に取り込まれ、ストレスがその原因であることが明示されたことは確かなので、再概念化されたことは理解できる。しかし、適応障害の診断プロセスはまったく変わっていない。したがって、この問題は依然として未解決のままであると言わざるを得ない。
3.職場における適応障害
労働にはストレスはつきものである。職場には、 @物理的要因(光、音、寒冷・暑熱、放射線など)A化学的要因(有機溶剤、金属、薬物、粉塵など)B生物学的要因(細菌、ウイルス、カビなど)C心理社会的要因(職場環境、長時間労働、テレワーク、雇用など)の様々なストレス要因が存在していて、こうしたストレス要因をゼロにすることはできない。
物理・化学・生物学的な要因については、その程度を客観的に測定することができ、測定結果から反応の程度の強さが予測できる。しかし、心理社会的要因には、主観的にしか捉えられないものが多く、要因に対する反応の程度の予測も困難である。また、心理社会的な要因に対する反応は、労働者の認知の在り方や管理監督者など周囲からのサポートの状況によって大きく変動する。そのため、心理社会的要因では、要因と反応の間に、通常、一定の関係が認められない。
ストレス反応としての障害の程度がストレス要因の強さの程度と比較して不釣り合いに大きいという適応障害の特徴は、適応障害が心理社会的要因に対するストレス反応であることと符合している。
よく考えてみると、私たちには、適応障害を「適応の失敗(maladjustment)」 と捉える傾向があり、適応障害に陥った個人に対してダメな人と感じたり、陰性感情を持ったりしやすいことに気づく。陰性感情は相手に対して無意識に生じるものであるが、相手を見る目を批判的にし、排除したい気持ちを誘発することが知られている。これは、職場環境を良好に維持するうえで大きな障害になる。
適応障害を「ストレスに対する反応の偏りとバラツキ」として捉えなおそうとするDSM-5の新しい考え方には、適応障害を適応の失敗と捉えることに伴う負のイメージを軽減する効果が期待できる。
ところで、労働安全衛生法は、事業者に法令上の義務として、メンタルヘルス対策の実行を求めている。対策の基本は、ストレス・マネジメントとストレス・コーピングを同時に並行して進めることである。前者は主として管理監督者が担い、ストレス要因の軽減を図ることを目的としている。後者はストレスとうまくつきあうために労働者自身が行う活動である。事業者は、管理監督者や労働者が、活動に必要な知識やスキルを身に着けるための教育の機会を作り、相談が気軽にできる体制を整えなければならない。
こうした体制が整備され、機能している職場においては、適応障害対策として特別なものは必要がない。日常的なストレス対策の流れに乗せて行えばよいわけである。DSM-5による適応障害の再概念化は、そうした意味で適応障害対策推進に役立つと考えられる。
適応障害で休務した従業員の職場復帰では、復帰者の配置換えが問題になる場面が出てくる。ストレス要因が、適性配置上の問題であることや管理監督者との人間関係の問題であることが明らかな場合は、職場復帰の原則に従って元の職場に戻すと、再燃するリスクが高い。ストレス対策の流れからすると、ここはストレス・マネジメントの出番である。しかし、現場ではストレス・コーピングで対応すべきだという意見が結構強い。「甘やかしてはいけない」「本人が自分の非を認めて、自分を変える約束をしない限り受け入れられない」「本人の希望をいちいち聞いていたら、人事はまわらない」といった意見が管理監督者や人事担当者から出てくる。従業員に対する陰性感情が強いほどこうした意見が出やすい。
産業医には、人事異動に関する権限は、もちろんない。しかし、“適切”な意見を述べることは、産業医の役割としてしなければならない。この際困るのは“適切”の判断基準がないことである。多くの関係者が賛成してくれる基準をつくることは、おそらく無理だと思うが、産業医が目指すところは、ストレス反応としての適応障害が再度生じないようにすることであろう。そのためには、当人のストレス・コーピングへの動機づけや支援をすることを前提としたストレス・マネジメント重視の判断が必要だ。そうすることは、安全配慮義務を遵守することととの関連からも重要である。
4.発達障害と適応障害
このところ、適応障害が発達障害の二次障害として出現することへの関心が高まっている。発達障害は「職場の平均的な姿からの乖離」の原因となりやすく、発達障害者には大なり小なり事例性(産業医向け第4回 参照)がみられる。この事例性に対する管理監督者や同僚からの、たとえば「協調性に欠ける」「自分勝手だ」「仕事のできがよくない」「注意をしてもその効果がない」「約束が守れない」などの負の評価の連鎖は、発達障害者にとって持続性の強いストレス要因となっている。第三者からみても、そうした評価が現象的には首肯できることもあって、その評価がストレス要因になっていることに周囲は気づいていない。通常、周囲には当人が発達障害であるとの認識はないので、それは当然である。
仕事上の大きなミス、管理監督者からの強い叱責などをきっかけとして抑うつ状態や不安が生じた場合、それはきっかけとなった出来事に対する反応と判断され、それが抑うつ障害や不安症の定義を満たさない限り、適応障害と診断される。けれども、その背後にある発達障害に言及されることはまずない。休務や薬物投与によって抑うつ状態や不安が軽減されると、職場復帰の約束事に従って復帰することになるが、背後にある発達障害にはまったく手を打ててないので、復帰早々にうつ状態や不安が再燃する。こうした事例は対応困難者(産業医向け第7回 参照)として認識されるが、産業保健スタッフが背後にある発達障害に気づいて、その対策を講じない限り、復帰が実現できないことになる。その意味で、適応障害者のケアの際には、必ず発達障害的な要素の有無をチェックしておくことが必要である。
*これは下記小論に一部加筆・修正をしたものである。
河野慶三:適応障害の基礎知識。健康管理、68(10):10〜13、2021。